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あれから1年 
東日本大震災から1年、今日は各地やTVで追悼式典や番組が行われますね。
奈良のこの地で感じた気味の悪い船酔いしそうな揺れが、
あんな大きな津波を引き起こし、未曾有の惨事となることを、
あの日の私は想像もしていなかったです。

阪神淡路大震災のあと、自分の地の地震がたいしたことがなくても
(でも、どこかで惨事になっているかも)
と思うようになったのだけれど、津波までは考えていなかった。
海の無い県に住んでいるからともいえるけど。

私にできるのは、募金だけ。
直後に募金をしたのはもちろんのこと、
昨日からイオンで3日間の黄色いレシート集めをしているから協力したり、
コープの宅配で売っていた募金のためのタオルを買ったり。
継続的にずっと行っているのは、
毎月定期的に買っているフェリシモという通販会社が企画している募金活動。
商品のなかに組み込んで、少額ずつですが募金しています。
これは、その企画がある限り、ずっとずっと続けるつもり。


大切な人や物を失くした悲しみはいつになっても癒えることはないだろうけど、
少しずつ皆さんが元気になっていってくれたらいいなぁと思います。

そして、復興事業のために単身赴任している我が夫の健康も祈ってます^^

 
yuki(旧ゆきんこ) #-
ちょうど今頃 
何が起きたのか分からなかった。
ただ強い揺れを感じてただけ。
家に帰ってテレビをみて愕然としたのを覚えてる。

決して忘れてはいけないことだよね。
私も、自分にできることを、少しずつやってる。
まみこ #-
★yukiちゃん 
そうだよね、本当に愕然としたよね。
そちらは、揺れも強かったし、
自宅に帰るのも一苦労だったし。。。。

いつ起こるか分からない大災害、
生死を分けるものはいったい何なんだろう。

早く復興するといいね。
じゅうきち #-
決して風化させてはいけない 
自分にできることって、小さな小さなことですが、「がんばろう日本」。他人ごとではないですよね。今日は、学校の常掲の国旗も半旗にしています。10日の金曜日には、それぞれの学級での指導もするようにしました。
思えば、去年、大阪市では中学校の卒業式でした。午前中出席して、学校に戻ってきたらあの地震。テレビのニュースでライブ映像で、津波の襲撃を見ました。阪神の時は、津波はなかったのでまだその被害は免れたのですが、家内の実家のある西宮は大変なものでした。ライフラインは完全にストップ。電車も阪神が甲子園までしか走っていなくって、リュック背負って線路を西宮まで歩いた当時を思い出します。
去年、仙台から転校してきた子が「津波」という詩を書きました。「モンスター」という言葉を使っていました。低学年の頃に神戸で過ごした子が「こんな本あるよ」といって持ってきたのは、神戸市が出している子どもたちの阪神の時の教訓をもとにつくられている副読本。そこには「かいじゅう」という言葉で子どもの詩が出ていました。神戸の街はすっかり整備されましたが、決して震災を忘れないためにいろいろと生き証人として残されています。
東北も一日も早く復旧復興されることを願わずには居られませんが、風化させないためにも生き証人としてのものも残していく必要があるのではないでしょうか。一度、気仙沼の「港町ブルース」の歌碑も見に行きたいと思っています。
そして、我々の防災に対して真剣に取り組む必要があると思います。特に、学校は避難場所になるので、地域と一緒になってマニュアルを作っておくことが急務でしょう。そうでないと、子どもの命を守るとともに、非常時に地域ともめて、学校再開が遅れてしまうことになりかねませんから。
まみこ #-
★じゅうきちさん 
そうです、風化してしまうのは良くないことですね。
地震とは関わりが無いけれど、池田小学校事件や、奈良の楓ちゃん事件やら、備えを忘れてはいけないことはたくさんあります。

阪神淡路の印象は「火の海」でした。
倒壊した阪神高速の恐ろしかったこと。火事がたくさん起こって、信じられないくらい空が赤く煙が黒かったこと。
でも、津波も本当に恐ろしかったです。
映像を今見てもぞっとします。

私が活動しているコーディネーターという仕事も、有事のときの学校との連携を作るために存在していると私の中では定義づけています。

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